タイにとって観光業はGDPの12~20%を占める大きな産業ですが、2019年にタイを訪れた中国人は約1100万人に上り、タイにとって中国は外国人観光客の27.6%を占める重要な国と言えます。
2019年10月には、タイ国鉄は高速鉄道の一部区間の建設について中国と契約を結び、観光業だけでなくタイ国内においての中国の存在感が非常に大きくなっています。
この高速鉄道は、タイの首都バンコクと東北部ナコンラチャシマ県を結ぶ第1期(約253km)区間の一部で、中国の経済圏構想『一帯一路』の一部となります。
「一帯一路って、現在版シルクロードだよね?」程度の認識でしたが、改めて中国が進めている巨大経済圏構想の一帯一路(One Belt One Road Initiative)についてまとめてみました。
一帯一路とは?
かつてイタリアのローマと中国の長安を結んでいたとされるのがシルクロード。そして一帯一路と言うのはこのシルクロードをモデルとして習近平主席が2013年に提唱したものです。
中国からユーラシア大陸を経てヨーロッパに繋がる陸路の長距離貿易ルート=一帯と、中国沿岸部から東南アジア、南アジア、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ海路の長距離貿易ルート=一路で一帯一路と呼ばれています。
一帯一路構想は中華人民共和国建国100周年にあたる、2049年までの完成を目指していると発表されています。
一帯一路の目的
目的は貿易、インフラ、そして投資の面での中国と一帯一路の参加国との関係の強化です。
陸路=一帯と、海路=一路で結ばれた各都市における高速道路・鉄道・港湾などの交通網の整備や石油をやり取りするためのパイプラインの敷設などで、一帯一路に含まれている地域の経済発展にも寄与していくというのが一帯一路の持つ経済的な戦略なのです。
中国とヨーロッパの間には、経済的に厳しいため自国のインフラ整備が遅れている国が多くあります。その国々は、一帯一路による中国からのインフラ整備への投資に期待しており、参加国は2015年には63カ国だったのが、現在では125カ国以上となっています。
参加国全体で占めるのは世界GDPの約30%以上、世界人口の62%、エネルギーの既知埋蔵量の75%と想定されています。
一帯一路への投資額
中国が一帯一路の周辺国々に投資する額は1兆ドルとも8兆ドルとも言われています。
投資予定額に諸説あるのは、この一帯一路構想は複数の国を結ぶような公共性にもかかわらず、まだ多くの謎があり、最終的にどうなるかは中国共産党の意向が大きく反映されるという専門家の意見が大半です。
では、具体的な投資実績をご紹介します。
ケニアでは中国が32億ドルの投資を行い、港湾都市モンバサと首都ナイロビを旧鉄道の約3分の1の時間の4時間半で結ぶ鉄道を建設しました。
一帯一路の懸念事項
このようにかつて無いほどの規模の経済構想ですが、懸念事項もあります。
債務の罠
経済的に厳しい国が、豊かな国からの投資で自国のインフラ整備をして経済を発展させる。
非常に理想的な構想ですが、巨額の融資を受けてインフラ整備をしても、経済が停滞したままだとどうなってしまうでしょうか。
実際に中国からの融資の返済に行き詰まり、自国のインフラを中国に引き渡すことになった国があります。
スリランカは、中国から融資を受けて自国内にハンバントタ港という大規模な港を建設したものの、中国から借りたお金の返済に行き詰ってしまい、結局中国企業にハンバントタ港の運営権を99年間引き渡すことになったのです。
また、中国の約2億ドルの融資で第2の国際空港が建設されましたが、1日の平均乗客が10人以下で定期便もゼロという状況で、ついたあだ名は”世界一さびしい国際空港”で、当然ながら経営難に陥りました。
この様に、港や空港など運営にはノウハウが必要ですが、インフラ整備の支援をうけた国にとっては初めての経験なために、やはり上手くはいかないようです。新興国にお金を貸して、後で返してね、というのは仕組みとして無理があるのです。
とはいえ、港や空港といった大規模なインフラは作ってしまった以上取り壊すわけにもいきません。
そこで中国は、返済ができないなら港や空港の運営権を引き渡すように話をするわけです。
こうなると中国は他国の港などのインフラを、自分たちの施設として使えるようになるのです。
こんな感じで、巨額の融資をして返済ができなくなれば運営権を引き渡させることを債務の罠といいます。
この債務の罠はパキスタンだけに限りません。今盛んに言われているのが、一帯一路の債務の罠
ワシントンの世界開発センター(CGD)は、一帯一路融資を受けた8カ国(パキスタン、タジキスタン、モルディブ、ラオス、モンゴル、モンテネグロ、ジブチ、キルギスタン)に深刻な懸念があると表明しています。
なかでも、パキスタン・モルディブ・モンゴル・ジブチの4カ国は、対中債務が膨れて、債務不履行に陥る可能性が極めて高いと指摘されています。
地政学的野心
こうして整備された港などのインフラが、将来的に中国の軍事基地として利用されるのではという懸念があり、アメリカは特に警戒をしています。マイク・ポンペオ国務長官も「一帯一路は経済上の利益ではなくて、安全保障上の利益に沿って計画されている」と指摘しています。
アメリカはインド洋のディエゴガルシア島という小さな島に軍事基地を持っています。ここはインド洋におけるアメリカの安全保障の拠点なのです。
中国はこのディエゴガルシア島にほど近いモルディブに積極的に融資を行い、港を築こうとしているのです。
このモルディブも債務の罠に陥って、中国がモルディブの港を自由に使われるのではないかと恐れられています。
情報ネットワークの整備
またアメリカは、中国が新興国の通信環境も整えようとしていることを危険視しています。
中国は一帯一路構想によって、中国企業が保有している光ケーブルや新規格の高速大容量通信「5G」ネットワークなども整備しようとしています。
中国がひいたネットワークを世界中の人が利用することによって、世界中の人々のデータを中国が手に入れることになり、アメリカとの情報戦を有利に進めるようになるかもしれない。と危惧されているのです。
すでにアメリカのみならず、世界中の国々が情報戦を行っていますが、一帯一路に伴う情報ネットワークの拡張及び発展は、情報戦略に長けたアメリカにとって大きな脅威となっているのです。
一帯一路構想が打ち出された背景
かつての中国の最高権力者の鄧小平が、”才能を隠し、内に力を蓄える”と言っていた様に、中国は長い間、対外関係においては目立たないようにしてきました。
ですから一帯一路構想は中国の対外政策の大転換です。中国が一帯一路構想を打ち出した思いは何があるのでしょうか。
勿忘国恥
皆さんは「勿忘国恥」という言葉をご存知でしょうか。これは「国家の受けた恥辱を忘れるな」という意味です。同じような意味で「百年国辱」(100年にわたる屈辱)という言葉もあります。
「中華が世界の中心である」という中華思想があるように、それまでの中国は、世界最大の超大国として君臨しており、世界の文明を率いているような存在だったのです。
しかし中国は、1840年のアヘン戦争以来、列強に領土を取られ、損害賠償を請求され、国内も反乱が起きるなど酷い状況が、およそ100年間続きました。
中国は諸外国から再び侮辱されることがないように、中国国内でスローガンとして「勿忘国恥」が言われてきました。
つまり中国は「中国はかつて世界一強い国だった!だから再びそうならなければならない」という意識で国が運営されているのです。
まとめ
実際に中国の支援を受けて、アジア諸国をはじめとする沿岸国の経済事情は確実に上向きになっており、一帯一路構想は、貧しい国との経済格差を是正することのできる世界的に有意義なプロジェクトであると言えます。
一方で、中国の西側の新興国に対して、積極的に財政支援を行って、お金を返せなくなった国の港を中国のものとして利用するようなど、アメリカを始めとした西洋諸国はその剛腕なやり方に危機感を高めていることも事実です。
この債務の罠への警戒感は、これまで一帯一路構想に協力的であった他の国にも波及しました。
マレーシアでは、中国との経済連携に好意的な政権が選挙で敗北し、新政府は200億ドルの鉄道事業を中止しました。
モルディブも、中国資金で橋を建設した債務の再交渉を望んでいます。
返済不能に陥ったスリランカでも、ハンバントタ港の99年の運営権を獲得するも、地元住民が「植民地化だ!」と抗議運動を展開しています。
確かに鉄道を敷いたり港を作ったり、道路を作ったり橋を架けたりするには莫大なお金がかかります。
小さな国やできたばかりの国では、そのようなインフラ整備をするには、どこかの大きな国の資金援助を受けるしかありません。
中国政府は、一帯一路構想はアジアの発展のためにも必要不可欠であり、アジア諸国の経済格差を是正し、世界の平和と発展にも有効であるという旨を述べています。
タイの首相の元陸軍大将のプラユットは、2014年にクーデターで実権を握ってから中国との関係強化を図り、2018年のタイム誌とのインタビューでは中国を「タイにとって一番のパートナー」と述べ、「タイと中国の間には、数千年にわたる友好関係がある」と答えており、年々中国偏重の姿勢が強くなっている印象があります。
一帯一路によるインフラ資金は多くの国が切望するものです。しかし前述した様な懸念が募っており、今後の展開を注意深く見ていく必要がありますね。
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